『ディネ』とは、創造主がつけたナバホ族の名前である。直訳すれば「民」という意味になる。ディネは地球と密接につながっていて、自然は神聖であり人はより大きな全体の一部分に過ぎないと信じている。
ディネター(ナバホ・ネーション)は4つの聖なる山に広がり、ユタ州、アリゾナ州、ニューメキシコ州にまたがる27,000平方マイル以上の面積を有する。
広大でまるで絵画のようなこの土地には、乾いた砂漠が何キロも続き、その間には高くそびえる台地、赤く燃えるようなメサ、そしてときおりポツンと家がある。土ほこりに覆われた大地から、高山林、まばらな草、セージブラシが伸びている。侵食された火山、太古の水、強風が刻んだ渓谷は、太古の暮らしを思い起こさせる。
放し飼いの犬が家を自由に出入りする。頭上を飛ぶ鳥の群れが、空を左右へに切り裂いていく。そして太陽の光が降り注ぐここで、バイクを携えて集まった子供たちが、練習が始まるのを待っている。
ディネの子供たちは、この土地に足を踏み入れた誰よりも、世代を超えてこの土地とつながっている。そして1年前から、マウンテンバイクは彼らが長い間自分たちの一部である土地とつながる、新たな方法となった。
2020年、ナバホ居留地とその周辺の10人の若者がパスファインダー奨学金を受け、マウンテンバイクとアクセサリー、そして全米大学対抗自転車競技協会(NICA)の1シーズン分のレース出場費を授与された。12歳から15歳の奨学生たちは、地元のNICAチーム『ギャロップコンプ』と『ディネコンプ』に所属している。このチームは元プロロードライダーのスコット・ナイダムが組織したもの。彼は思慮深くカリスマ的なリーダーで、多くの知恵とジョークを好み、居留地でのマウンテンバイク文化の発展に時間を捧げている。
パスファインダー奨学金によって、マウンテンバイクは子供たちの日常生活の一部となり、自然を探索する新たな方法となった。
「彼らが駆け回る山は、彼らの一部なのです」と、ナイダムのボランティアをしているディネ族の写真家、ショーン・プライスは言う。
これが、この地の子供たちをより多くバイクに乗せたいというナイダムの活動の原動力となっている。ナイダムと彼のチームは、自身の非営利団体Silver Stallion Bicycle Coffee Worksを通じて居留地内で800台以上のバイクを修理し、Free Bikes 4 Kidzとの提携により125台のバイクを提供。さらに地元の人々に整備士になるためのトレーニングを行うことで、別の資源を提供しようとしている。というのも、居留地内にはバイクショップが1軒もないからだ。
「僕たちのやろうとしていることは、テニスラケットからウィンブルドンを作るようなもの」とナイダムはここにマウンテンバイク文化を育てるチームの努力を語る。「NICAは文明化された場所向けに作られているので、私たちのNICAリーグはまったく違うものにしなければなりません。そしてDEI (多様性、平等性、インクルーシブ)の取り組みは、ナイフの鋭い先端になる必要があるのです」。
Silver Stallionの努力は、居留地内に住む人々の人生を、年齢を問わず変えた。しかしパスファインダー奨学金を使い子供たちにバイクを贈ることは、また別の利益をもたらすことが証明された。
居留地のNICAチームのボランティアコーチ兼メカニックのヴィンセント・サラバイは言う、「子供たちは自分のバイクを持つことで、所有権と責任感を持つようになった」と。「バイクを買えない子供にも、この仕組みが公平さを与えてくれました」。
多くの大人と同様、ナバホのNICAチームボランティアは、自分たちの次世代のためにより良い未来を望んでいる。そしてチーム関係者は皆、「バイクに触れることが、正しい道への大きな一歩となる」と口を揃える。
「バイクは私のすべてです。親友であり、セラピストです。そしてどこにでも連れてってくれます」と語るのは、熱心なライダーでありチームボランティアでもあるフランクリン・クック。ディーコというあだ名で知られる甥っ子ケルソンがパスファインダーでバイクを受け取ったばかりだ。「なにがあっても、このバイクが私に希望を与えてくれるのです」。
クックは自身が子供の頃には手にできなかったバイクがディーコに与えられていることに感激している。ただディーコが難しい地形に挑戦するときには、目をそらすこともあるが。また、チームが与えてくれた指導にも感謝している。
ニューメキシコ州のマリアーノ湖では、ジェニファー&ジェリー・ブラウンがホーガン(丸い天井のワンルームという、ナバホ族の伝統的な家屋)のキッチンテーブルを囲み、娘のメリー・ヘレンがパスファインダー奨学金を得てからどう変わったかを話している。彼女の夕焼け色のトレック・ハードテイルは、ドレッサーに立てかけられている。その傍らで、家族は彼女が前持っていたデパート製クロスバイクは羊に食べられてしまった、と笑う。
マウンテンバイクにはお金がかかる。アーティストとして、そして教師として居住区で働くジェリーとジェニファーにとって、新品のバイクと必要なアクセサリーを買う選択はなかった。しかしこのスポーツの経験はプライスレスだった。
彼らは、メリー・ヘレンがバイクに乗る自信だけではなく、他の生活の面でも自信が付いたように見えることに気付いた。
ギャロップコンプ・NICAチームに誘われた当初、メリー・ヘレンはためらっていた。マウンテンバイクの経験がなく、何をするのか見当もつかなかったのである。ただ彼女の母親は、練習にほんの数回参加するだけでいいと説得した。嫌だったら、辞めてもいいからとも。
しかしメリー・ヘレンは、初めてマウンテンバイクに乗った日に、その魅力に取り付かれてしまった。マウンテンバイクの楽しさを味わいながら、チームとしての仲間意識も得られたのだった。
「メリー・ヘレンを誇らしく思った瞬間のひとつは、初レースで転んだチームメイトを助けようと、彼女がペダルを漕ぐのを辞めたときです」とジェニファー。「友だちに怪我がないのを確認すると、またバイクに乗って走り続けるよう説得しました。
2人は最後にゴールしましたが、順位は関係ありませんでした。メアリー・ヘレンは友だちと一緒でなければゴールしなかったでしょう」。
約75分離れたアリゾナ州フォートディファイアンスの町、メアリー・ヘレンのチームメイト、ディーコは赤い崖の上に立ちドロップインする完璧な瞬間を待っている。叔父のフランクリン、友人でチームメカニックのロレンゾ、そしておとなしい犬の群れが、期待に胸を膨らませ見守っている。
この日を迎えるまで、クルーはこの岩場、つまり彼らが育った裏山の中腹に新しいラインを作る作業に取り組んできた。この地域にはきちんと走れるトレイルがほとんどなく、ここにトレイルを作らなければ車で1時間以上走らなければライドを楽しめない。
ディーコは叔父がいないときは「ディレイラー・バッシャーズ」という少年グループとトレイルを走ることが多い。14歳のディーコは物静かな少年だが、メアリー・ヘレンと同じくバイクに乗ると勇敢になる。
「怖いと思ったことは一度もないです」とディーコ。「嫌なことがあった日も、バイクに乗ると心が晴れるんです。たとえクラッシュしても、やってよかったと嬉しくなる。A+を取ったときみたいに」
ディーコは、マウンテンバイクに乗ってみたいけれど怖くてなかなか踏み出せない子供たちを勇気付ける。
「もっとやってみようよ。やめたりしないで」と彼は言う。「一番にはそうやってなるんだ。決してあきらめないで。とにかくやってみよう」。
イメージしたラインにハンドルを切り、大きく息を吸い込むと、ディーコは走り出した。荒れた地形を、岩や根などないかのように、軽々と越えていく。犬たちを率いたディーコのバイクは、最後のドロップに向かう。そしてバイクは地面から浮き、ディーコはバイクから飛び降りた。彼はそのまま土に飛び込んだ。
クラッシュ音だけを聞いたフランクリンが、思わず声を上げる。犬たちはその騒ぎに駆けつける。ディーコはすぐさま立ち上がり、親指を誇らしげに立ててから、バイクを押し上げた。
午後遅くまで続いた練習の終わりに、太陽が空から顔を出すと、ニューメキシコNICAリーグの選手たちは、ピザを食べながら、過去と未来のレースについて話し合う。
クラッシュを語る者もいれば、レッドブル・ランペイジへの抱負を語る者もいる。多くのライダーは、スタートラインに並ぶこと、レース当日の緊張を味わうこと、ピットゾーンからチームメイトを応援することを楽しみにしている。
しかし、勝利について口にするライダーはひとりもいない。話題にも出ない。この子どもたちに大切なのは、友達と一緒にいること、楽しむこと、そして自分自身と仲間に、自分たちの想像以上の力を発揮できることを証明することなのだ。
他のコーチと同様ディネの若者たちも、他の場所では得られない安らぎをバイクの上で感じている。ジャージを纏いチームで走っているとき、彼らは日々のストレスから解放され、子供たちが一番得意とする「楽しむ」機会を得られる。
パスファインダーズ奨学金は、ナバホの若者たちに現実からの逃避を提供するだけでなく、信頼できる交通手段を提供し、これで通学する子供もいる。また健康で長続きできる趣味でもあり、彼らの文化、土地、そして互いにつながるための新しいツールにもなっている。
「子供たちが自分たちの地域を探索するのに必要な道具を与えるのが好きなんです」と5年間のバイク旅から帰ったプライスは言う。「バイクに乗って、自分が生まれ育った土地を再び好きになることほどすばらしいことはありません」。
ナイダムとSilver Stallionのボランティアが、ディネターにマウンテンバイクの文化を広めたことは明らかだ。だが彼らの努力は大きな課題なしにはあり得なかった。
居留地のWiFi接続は不安定で、バイクショップがないため、親や家族は子供のバイクを修理する方法を学ぶか、Silver Stallionにメカトラブルを解決できるwifi接続とその題材があるのを期待するしかない。
しかし、ナイダム氏と彼のチームは簡単にあきらめない。ニューメキシコがNICAのリーグに登録されただけでも、大きな収穫た。そして、マウンテンバイクの魅力をより多くの人と共有できる方法を常に模索している。
「このプロセス全てが、単発で終わらせず、続いていくための肝なのです」とナイダムはサイクリング文化を根付かせる取り組みについて語る。「私たちが今していることは、永遠に影響し続けます」。
ナバホ族の文化では、鳥は内なる平和、自由な心、重荷のない心の象徴と考えられている。パスファインダー奨学金を受けた人の多くは、マウンテンバイクを飛ぶことに例える。
「私は鳥のように空を舞っているのよ」と、メアリー・ヘレンは言う。
では、彼女とニューメキシコNICAリーグの今後はどうなるのだろう。ディネのコミュニティによる支援とその力によって、ひとつだけはっきりしていることがある。空は広大なのだ。
この記事を書いた人: Trek
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